ハロー・グッバイ#5





、青とって。」
「はい。」

あたしが丸井に青ペンキを渡す。
彼は受け取ると刷毛にたっぷり青をつけ、白い布にベチャリと付けた。



窓の外にいた太陽は、いつのまにか眩しい光から
穏やかな夕日へと変わっていて、教室を赤く染めている。


「あー、暑ちー。」


丸井はワイシャツの第二ボタンまで開けるとパタパタと仰いだ。
思わず肌に目がいく。

(うわあ…セクシー)(って!違う!)

なんで丸井の魅力にとり付かれなきゃならないのよ!
そう思っていたら、丸井と目が合った。彼はニヤッと笑った。


「あ、今俺に惚れただろ?」
「馬鹿言わないでよ。」
「相変わらずつれない奴だな。」



丸井の言葉を無視し、あたしは刷毛を握り、背景の色を塗る。
今はチームオリジナルの応援旗作りの真っ最中。
かなり不本意だが、教室にはあたしと丸井の二人きり。

各学年10クラスもある立海では、1-A、2-A、3-Aと言う様ように
縦割りクラスで協力し、勝負をすることになっている。
残念なことにあたしのクラスは2-Bで、丸井のクラスは3-B。
つまり同じチームということになる。
神様というのは意地悪らしい、コイツと協力しなきゃならないなんて。
そしてまさかの共同作業。本当に、

運が悪い。


「あ!」---ベチャ


丸井が呟くように言った。その声は焦っているようで冷静。
何事かと思って彼を見れば、丸井のワイシャツが真っ青に染まっている。
否、言い過ぎたかも。ワイシャツの袖が真っ青になっていた。
丸井も別の意味で運が悪いみたい。
彼は眉間にしわを寄せ、その汚れた部分を睨みつける。


「最悪。あーもう!」


丸井は刷毛を置くと、後ろに寝そべった。仕事放棄。


「何ペンキとじゃれてるの。仕事してよ。」
「ヤダ。もうやる気しねえ。」
「そうじゃないと終わらないでしょ。」
「もう途中でもよくね?『あえて未完成な感じにしました』って言ってさ。」
「いやなら帰っていいよ。あたし一人でやるから。」


そう言って作業を進める。丸井は刷毛を握ろうともせず、
無言であたしを見つめている。ジッとずっと。





無言の圧力に耐え切れず、あたしは言葉を発する。


「…視線が痛いんだけど。」
「おまえさ。」
「帰らないなら作業してよ。早く帰りたいでしょ?」
「なんでそんなにツンケンしてるわけ?」

会話が噛合わない。

「あたしの言葉聞こえた?仕事してって言ったで---」

『しょ』、最後の言葉と同時に顔をあげて丸井を見る。
(っつ……!)
彼は真直ぐにあたしを見ていた。瞳にあたしの姿が映っているのが良くわかる。
わけのわからない緊張と驚きに一瞬心臓が高鳴った。
瞬時に目を布に移すと、丸井は言葉を続けた。


「ねえ。そんなに俺のこと嫌いなわけ?」


丸井はじっとあたしを見据えた。動けない。





少しの沈黙、丸井はヘラッと笑う。


「なーんて…」


「嫌い。」
「…へ?」




あたしは小さく口を開いた。




「嫌い嫌い嫌い!

 出会った時から大嫌い!

 仕事しないし女たらしだし自信過剰で調子乗ってて。
 から聞いた!丸井先輩は付き合った女もすぐ捨てるんだ、って!
 アンタ……まともな恋愛したことないんでしょ。」
「……。」

「何で、今一緒にいるのかもわかんない!」


自然と目から涙がこぼれる。大粒の丸い雫。
あれ、あたしなんで泣いてるんだろう。別に悲しくないのに。
必死に拭うも涙は止まる事を知らないらしい。
溜まっては落ち溜まっては落ちの繰り返し。

丸井は立ち上がってあたしの傍にしゃがむとポンポンと頭を撫でた。
まるで幼い子供を宥めるかのように。


「今、初めて『丸井先輩』って言った。」


ニカッと丸井は笑う。屈託の無い、正直な笑顔。

返す言葉が見つからない。そんな顔で笑われたら、
嫌いなものも好きになっちゃうじゃないの。




「…悪かったな。」


蚊のなく声で一言残すと丸井は立ち上がり教室から出て行った。



(何が悪いよ)(自分も涙目だったじゃん)

涙を流したままのあたしと未完成の応援旗を残して。














    
(080326)