大学生になって初めての夏、私は東京の熱帯夜にうなされていた。

暑い。いや、暑いというかなんだか気持ち悪い。

今年の春に上京してきて、初めて味わうこの気温。

パジャマが身体にべた付く。寝る前にお風呂に入ったはずなのに

汗はもう既にびっしょりだ。

それでも昨日の一日中のアルバイトの所為でクタクタな私は

何とかして眠りに着いて疲労回復したい、と寝返りをうっては

一番いい寝心地を探していた。




カチ カチ カチ カチ




静かな時計が五月蝿い。機械的な音が耳から離れない。

布団の上に寝そべったまま手を伸ばし携帯を探す。

ストラップの感触を見つけ、そのまま携帯を手繰り寄せた。

画面を開けて時間を見ればまだ2時。眠りに着いたのは1時。

まだ1時間しか経っていない。


もう一度眠りに着けば3〜4時間は寝れるかもしれない。

そう思い瞼を強く閉じた。眠れ、眠れと暗示を掛ける。




カチ カチ カチ カチ カチ カチ カチ













駄目だ、眠れない。

仕方なく布団から出ると冷蔵庫まで真っ直ぐ歩いた。

中からミネラルウォーターを出す。コップに半分ほど注いで

ゆっくりと飲んだ。少しだけすっきりした気がする。



携帯を開く。2時30分。まだ街は寝ている時間だ。

暇なので昨日のメールを見る。

『向日岳人』差出人の名前を見て、うっと胸が詰まる。



「なんで喧嘩しちゃったんだろう」



ポツっと呟いた言葉は時計の秒針に掻き消された。

メールの返事が遅いだのなんだの文句を言われ、

疲れていた私は「あーもう!仕方ないでしょ」とあしらってしまった。

確かに、昨日は二人の半年記念日だったことをうっかり忘れて

アルバイトのシフトを入れてしまった。

岳人は「別にいいよ」と言っていたが内心怒っていたのかもしれない。

昨日のメールも面倒臭いからという理由で3時間放置してしまった。



「ちょっと自分勝手だったかな…。」



溜息を吐き、カーテンを少し開けて窓を覗く。相変わらず東京は明るい。

街灯や電子広告の光が星よりも燦燦と輝きを放つ。

そういえば、上京してきてから毎日があっと言う間で

ろくに夜空を眺めていなかったかもしれない。



「明るいなー」と、じっと人工的な夜空を眺めること数分。

そろそろもう一回寝ようか、と思ってカーテンを閉めようとした矢先、

自宅のアパートの前の道路に見覚えのある影を見つけた。



「岳…人?」



小さく呟くと、影は私に気付いたのかニコニコしながら手を振っている。

薄暗い夜空のお陰で彼の顔が良く分る。



「(!)」



彼が口パクで私の名前を呼んだ気がした。

手に持っていた携帯のアドレスからMのページを探す。

“向日岳人”

名前を確認して通話ボタンを押す。

ツツツと電波を発してワンコールもしないうちに相手が出た。



『!起きてた?』

『うん、暑くて眠れなかった。』

『そっか、俺も同じ。』

『……昨日は、ごめんね。』

『あーうん、俺もごめん。…あのさ。』

『何?』

『ちょっと出て来れない?』



そう言われ、外にいる岳人を見る。彼は手招きをしていた。



『今行く。』



電源ボタンを押して電話を切ると、私は急いで着替えた。

急なお出かけにコーディネートを考える暇もなく、

そこ等辺にある適当なTシャツとジーパンを履いて

携帯を財布、それに家のかぎを持って玄関を出た。










*










「ねえ、どこ行くの?」



乗り慣れたバイクの後ろに跨りながら岳人に訪ねる。



「ん?秘密。」

「今夜中の3時だよ?なんであんなとこいたの?」

「に会おうと思って。」

「私が寝てるかもしれないじゃん。」

「寝てたら起せばいいだろ。」

「うわっ、最低。」

「冗談冗談。ま、もうちょっとだから待ってろ。」

「ふーん。」













ブオオオとバイク音が耳に響く。私は岳人の背中をぎゅっと抱きしめ

岳人の指す目的地に着くのを待っていた。



「ん?」



明るい街灯とは別の種類の明るさが私と岳人を照らす。

どうやら夜が明けたようだ。橙色の日光が眩しい。



「げ…。やっぱギリギリ間に合わなかったか。」



岳人が呟きながら言葉を漏らす。同時にバイク音が途切れた。



「ここ、すっげー綺麗な日の出が見れる場所。俺の秘密のスポット。

 つっても、もう明けちまったけど。」

「ううん、すごい綺麗。」



岳人のバイクから降り、目の前の光景に引きつけられるように歩く。


そこに見えるのは海と空両方に映る朝焼け。

多少昇っているとは言え、神秘的で温かくてとても美しかった。

思わず見とれる。どんどんと高くなる太陽をじっと見つめ続けた。



「ずっと前、友達に教えてもらったんだ。絶景スポットだって。

 いつ誘おうか迷ってたんだけど、昨日考えて今しかないな!ってな。」

「ふふ、岳人らしい。…ありがとう。」

「昨日はごめんな。俺、の都合とか考えてなかった。」

「ううん、私もごめんね。自分勝手だったかも。」



お互いに謝る。少し沈黙が出来た後、隣に立つ岳人を見ると

彼も私を見た。二人でクスッと笑い合う。




太陽はもうだいぶ高くなっている。

もう少し見てようぜ、ニカッと笑った岳人の言葉に私も続けて頷いた。



















真夜中3時
(なんだかんだ言っても、君が一番好き。)








































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イメージしたのは宮崎駿の
「耳をすませば」のラストシーン。
甘酸っぱいのが青春です。
[09/01/12 piyo]