我君を、 病院は嫌いだ。白い壁、天井、ベット、布団、枕、服。 全てが無で、常に死と隣り合わせの非日常的世界。 毎日窓から見える色鮮やかな景色が酷く遠い世界に見えた。 テニスを奪われ、日常を奪われ、全てを失った気がした。 そんな俺を救ったのは差出人不明の手紙だった。 ◇ 「いったい誰だろうねえ。」 はその手紙を覗き込むと太陽に透かした。 「透かしても名前は書いてないよ。」 「じゃあ炙ってみる?出てきたりして。」 「がやってくれるなら。」 燃やしそうだからやめとく、とは俺に手紙を戻した。 金井総合病院の屋上には庭園やベンチがおいてあり、患者の憩いの場所と なっている。ここは俺のお気に入りの場所だ。 趣味のガーデニングにも関われるし何より空気が良い。 そしてそこでと出会った。彼女もよく屋上へ来る。 俺より1年先に入院しているはひとつ年上で、明るく気さく。 俺の良き話し相手になってくれている。 「ま、誰でもいいじゃん。悪い気はしないんでしょ?」 はニコッと俺に微笑みかけた。 「うん、そうだけど。」 「それにありがたいじゃない。私手紙なんて貰ったこと無いもん。」 は再び俺の手元の手紙に視線を移した。 昨日お見舞に来てくれた赤也と丸井が持って来た俺宛のファンレター。 その中に差出人不明の手紙が雑ざっていた。 『精市くんは一人じゃないよ。』 たった一言、水色の便箋のポツンと真ん中に書かれた言葉は、 酷く浮いていた。ある意味孤独に見えた。 この差出人は孤独なのだろうか、病んでいるのだろうか、 どっちにせよ同調するものを感じたのだ。 「そんなにその手紙が気になるの?」 手紙をまじまじを見つめる俺を見て、が声を掛けた。 「うん、ちょっとね。なんか仲間意識が芽生えちゃって。」 「相変わらず精市は変わってるなあ。」 ふふっとは笑う。 同時にふわっと春風が吹いた。陽射しが暖かい。 「ま、いつかわかるといいね。」 じゃあ私これから定期検査行ってくる。そう言い残すと屋上を後にした。 * 「見てよ。また届いたんだ。」 俺は手紙をに見せる。前と同じ水色の便箋。 この前は真田と柳とジャッカルが見舞に来てくれた。 その前は仁王と柳生が花と俺宛の手紙を持って来てくれた。 『ほらね、言ったとおりでしょ?』 『淋しいなんて言わないで。』 相変わらず、この手紙の意図は不明だが、ちょっとした楽しみでもある。 俺の元にきたその差出人不明の手紙は遂に五つを越えた。 はまじまじと手紙を見て、俺に問い掛けた。 「ねえ。精市は手紙を貰って嬉しいの?」 「嬉しくないと言えば嘘になるかな。確かに俺、淋しくないかも。」 ふふっと手紙を再び読み、笑う。ふと、横にいるに視線を移せば、 彼女は儚げな顔をしていた。今にも消えそうな笑顔だった。 「…どうかしたの?」 「ん?いや別になんもないよ。」 の顔は瞬時に元の明るい顔になる。 さっきのは見間違いだったのだろうか。 「そういえば、」 ふっと思い出すように俺は口を開く。 昨日聞いた言葉。手紙に加えてこの事を聞いたから 自然と明るい気分になったのかも知れない。 「俺、退院が決まったんだ。」 「うそ!本当!?おめでとう!」 は俺の手を握り、満面の笑みを浮かべる。 陽射しは丁度良く、気温も程よく温かい。快晴快適という状態なのに の手はひんやり冷たかった。それでも、の屈託の無い笑顔は まるで天使のようで、おめでとう、というの言葉に俺は静かに返した。 「ありがとう。」 * 「幸村、退院おめでとう。」 「おめでとーっす!幸村部長!」 部員達が俺を迎えに来る。赤也が色鮮やかな花束を持ち、 それを俺に渡した。それを受け取るとみんなの顔を見た。 俺は何を心配していたのだろう、何一つ変わらないじゃないか。 みんなの表情も態度もすべて変わらない。 俺が数ヶ月この中に居なかったと言うのに全くと言っていいほど違和感はなかった。 俺は一人じゃない。手紙の彼女の言ったとおりだ。 ふと、花束に目をやる。の顔が頭に浮かんだ。 そういえば、に別れの挨拶をしていない。 「ごめん、みんな。ちょっと待っててくれないか?」 そう言って花束を持っての病室に向う。 過去に一度しか行ったことがないが微かに部屋の位置は暗記している。 「!」 ガラッと戸を開けると、そこにはキレイに整えられたシーツと 束ねられたカーテン。無表情な部屋がそこにあった。 「…?」 明らかに、人が存在しないであろうその部屋のベットに ポツンと見覚えのある水色の封筒が置いてあった。 その封筒には『精市くんへ』と書かれた文字。中を開ける。 『大好きでした。』 今まで貰った手紙と同じ字がそこに並んでいる。 今度は便箋の右下に小さく『より』と書いてあった。 ――手紙の主は、だった。 しかしは何処に? 「あの。この病室にいたさんは…?」 偶々通りかかった看護婦さんに尋ねる。 「ああ、さんなら---」 * 静かに病院を後にして、タクシーに乗る。 赤也から受け取った花束をじっくり眺めると目頭が熱くなるのを感じた。 どうやら俺は泣いているらしい。 「…幸村?」 「ごめん、あまりにも嬉しくて。」 嘘じゃない。退院したこと、みんなまた会えたことは嬉しいんだ。 でも、隣にいたは消えた。挨拶もなしに。 『さん、他の病院に移ったのよ。もっと専門的な治療を受けるためにね。』 も花が好きだった。毎日話すようになって、いつの間にか 俺はに惹かれていたらしい。これが恋なのかどうかはわからない。 でも、最後にに会いたいと思った。 は俺を言葉でも態度でも手紙でも励ましてくれた。 病室に残されていた手紙を再び開く。 『大好きでした。』 「…さようならくらい、言わせてくれてもよかっただろ。」 に向けた独り言は、涙と共に花に落ちて消えていった。 きっと俺は、君を忘れない。