白と黒と桜色 東校舎3階一番奥。そこに第三音楽室がある。 第一音楽室は授業と合唱部のためのもの。第二音楽室は吹奏楽部のためのもの。 そして第三音楽室は一般生徒のためにいつでも開放をしている。 氷帝学園はスポーツも盛んだが芸術面でも優れている。 とくに音楽系には高い評価があり、ヴァイオリンやクラシックピアノなど 個人でレッスンしている人も少なくない。鳳もその一人だ。 彼は今週末に行われるピアノのソロコンクールに出場するため、 榊にレッスンを頼んだのである。時間は20時から21時まで。 コンコン 「誰かいますか?」 鳳は第三音楽室の戸を軽くノックし、ドアノブを回した。 顔だけをのぞかせてあたりを見る。 電気は点いていたが誰もいない。榊の姿も見えなかった。 それもそうだ。まだ19時30分。約束の時間まであと30分もある。 「ちょっと早く着きすぎちゃったかな。」 鳳は微笑した。だが今更テニス部の部室に戻る気もしない。 なにせここからグラウンドまでは遠いのだ。 彼は荷物を隣の音楽準備室に置き、譜面だけを取り出して ピアノが置いてある窓のそばへと寄った。 いざ弾こうとふたを開けたとき、桜色の何かが目についた。 桜色のそれは白黒の鍵盤の上に行儀良く座っていた。 鳳は手にとってそれを見る。 「…手紙?」 桜色の綺麗な封筒を持ち上げた。 宛名を見る。鳳もよく知っている名前が小さめの綺麗な字で書いてあった。 『跡部先輩へ』 ああ、ラブレターか。鳳は悟った。 跡部のラブレターはテニス部の部室で毎日見ている。 彼は誰とも付き合う気が無いらしいがそれでもどんどん恋文はくるようだ。 鳳もそこそこモテるが、跡部は次元が違う。 差出人は誰だろうか。手紙の裏を見る。 「……!」 は鳳のクラスメートだ。というより鳳の恋の相手である。 とは幼稚舎からの知り合いだが、最近の彼女は生き生きとしている。 その成果、やけに綺麗に見えるのだ。その内面的な美しさに惹かれたのか、 鳳はの姿をいつの間にか追いようになったのである。 そのが、跡部に手紙を…? 鳳の頭の中は疑問符でいっぱいだった。と跡部に繋がりは無い。 二人は部活も違うし、二人が話しているところを見たこともない。 の一方的な片思いなのだろうか。だがが跡部の話をしているのを 聞いたこともないし、テニス部見物に来ているのも見たことが無い。 「何が書いてあるんだろう」 きっとラブレターだろう。いや、ファンレターかもしれない。 どっちにしろが跡部に気があるのは確かだ。 鳳はあたりに人がいないかをさっと確認し、静かに手紙を開いた。 幸か不幸か封はされていない。鳳は見たい気持ちでいっぱいだ。 (これは、落し物だ!) 自分に言い聞かせるようにそっと手紙を開く。好きなこの情報となっては 良心を働かすのは少々難しいのだ。 『跡部先輩へ この前はピアノのレッスンをしてくださりありがとうございました。 跡部先輩の指導とってもためになりました。ちょっと厳しかったですけど。 それから、その後行ったパスタ屋さん。とっても美味しかったです。 てっきり跡部先輩のことだから高級フレンチとか行くと思ってました(笑) 可愛いお店だったので気に入りました!また一緒に行きましょうね。 それから、本当に私で良いんですか? より』 まるで2人は仲良しであるかのように書かれた文面。 2人の繋がりは無かったはず。なのに何故? 『一緒に行きましょうね』『私で良いんですか』まるで恋人のだ。 鳳の胸がきゅっと締め付けられた。息苦しい。 ふと、廊下からタッタッと音が聞こえる。榊だろうか。 いや、榊は学校で走ったりするなどという行動はしない。彼は紳士だ。 (まさか跡部さん・・・?) 手紙を鍵盤の上に戻し蓋を閉める。この息苦しい気持ちで跡部に会うのは 今の鳳にとって酷なことだ。それに手紙を読んだことが知られたら 跡部に何を言われるか分からない。 急いで隣の音楽準備室に移動しドアに聞き耳を立てる。 キイと重い防音扉を開ける音が聞こえた。 足音は確実に室内に入った。コンとピアノの蓋が開かれる音がした。 『ククッあいつらしいな』 呟くように放たれた言葉が鳳の耳に響く。この声は跡部だ。 きっと手紙を読んだのだろう。 『お前がいいんだよ』 跡部が手紙に返事をするように小さく言う。 再びキイと重たい扉が開く音がした。どうやら跡部は出て行ったらしい。 静かに音楽準備室の扉を開け、音楽室に戻る。ピアノの蓋を開ければ そこにあった封筒は消えていた。変わりに残った一枚の紙切れ。 『バーカ』 一見貶す言葉も、きっと跡部のに対する愛情表現なのだろう。 「……」 鳳が溜息のように呟く。 跡部との秘密の恋を、知ってしまった。 儚い恋が静かに音もなく壊れていった。